次回で最終回!角岡伸彦さんとカンガエルふしぎな部落問題。

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10月29日からスタートしている、連続セミナー「角岡伸彦さんとカンガエルふしぎな部落問題」。
これまで3回を終え、少しどんな様子だったのかご紹介します。

第1回目は10月29日。
角岡伸彦さんの生い立ちから新聞記者時代の話、今もなおなぜ部落問題が残っているのか(残してきたのは誰なのか)、ネットでの部落問題などの話がなされました。
残念ながら部落の未来については時間がなく話をきけなかったのですが。
「どこ?誰?」をキーワードに、自分の経験談や現状の部落問題を分かりやすく話をしていただきました。

第2回目は11月12日。角岡伸彦さんと熊本理抄さんとの対談。テーマは「部落民であるということ」。
暗い話になるのかと思いきや、いきなりアメリカ大統領選挙の話から始まり、熊本理抄さんの生い立ちの話へ。
「おもしろ」ストーリーを交えながらの語りで掴みばっちりの雰囲気の中で対談が進んでいったのですが、今回のキーワードは「私」。
「我ら」と「私」、「集団」と「個」、【「むき出しの権力」に「むき出しの個人」で立ち向かう】などなど活動、運動の中で「私」を主語として語られることが少ないことへの葛藤があると話していただきました。
また、「部落民であるということ」とは「自分で自分をどう定義するのか」だとも話されていました。

第3回目は11月26日。角岡伸彦さんと野口道彦さんとの対談。テーマは「誇ること、暴かれること」
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部落民とは?実体でみるのか、関係性でみるのか。
「もし、あなたが部落民であるとみなされたらどうしますか?」
という問いかけを大学生に対して普段からされているという野口さん。
事実(血縁、地縁等)がなかったとしても「みなされる」時代になっているので、そのように見なされた人たちも含めてはどうですか、と。
一つの方向からだけ見るのではなく、多角的に部落、部落民、部落問題をとらえることをしていってはどうかという問題提起。
一方で角岡さんは「部落関係者」という言葉を使って、実体がある人も、関係性でとらえられる人も、一括りで捉えてはどうかという視点でした。
同和対策事業を国が実施するにあたっておこなわれたことは、「誰がその同和対策を受ける人たちなのかはっきりさせることを地域(運動体)に求めた」ということ。誰が部落民かどうかはっきりさせる必要があったから、昔ははっきりしていた。
でも、いまはそういった対策を施される対象としての部落民かどうかではなく、差別されるかどうかという「部落民」というカテゴリがあるということ。
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その中で、「誇ること」に関しての3ない主義(誇らない、卑下しない、隠さない)を角岡さんは言われました。
「自分たちは他の人たちとは違うのだ!」と"誇ること"や、自分たちの出自を"卑下すること"、自分の出自や部落に関わることを"隠す"、そういったことを”しない”ことが必要なのではないか。
そのように生きていけるようにするにはどうしたらいいのか、その答えの一つに北芝のようなまちづくりがあるのではないかとおっしゃっていました。

次回が最終回。
12月10日(土曜日)午後2時〜4時。テーマは「共同体とわたし」です。
被差別部落でいま動き出している3名の若手と角岡さんのセッションです。
一時保育あり。
ぜひ、お越しください。